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「あなたは、どなたでしたか」と、相手の顔が分らぬので、甚だ失礼な話であるがよく問うたことがある。それが昔親しかった人であったりする。しかし顔を見ても思い出せないのが、寧ろ当然であって、頭の中にあるその人の姿は、いつも若くして、別れてから決して年をとっていないのだから。こんな時は、驚くよりか一層の寂しさを感ずるのが常でありました。 「おれも、同じく年をとった筈だ」とはじめて自分が反省されるのでした。  そう感ずると、自分の経験の貧困に対して、悔恨の情が湧くのであります。高い山に登らなかったのが、その一つでした。山岳美に恵まれた日本に生れながら、しかも子供の時より国境の山々を憧憬したものを。なぜ足の達者なうちに踏破を試みなかったか、ここにも無性が祟っている。畳の上に臥転んで、山の案内記を読み、写真をながめて空想に耽ることが、一層楽しかったからでもあります。茂原市 歯医者 Blogri|gaidoのブログ