十吉の小さい家も北から西へかけて大きい蓮池に取り巻かれていた。 「いいお天気ね」と、お米はうららかな日に向かってまぶしそうな眼をしばだたきながら、思い出したように話しかけた。 「たいへん暖かくなったね。もうこんなに梅が咲いたんだもの、じきに初午《はつうま》が来る」 「よし原の初午は賑やかだってね」 「むむ、そんな話だ」 箕輪から京間《きょうま》で四百|間《けん》の土手を南へのぼれば、江戸じゅうの人を吸い込む吉原の大門《おおもん》が口をあいている。東南《たつみ》の浮気な風が吹く夜には、廓《くるわ》の唄や鼓《つづみ》のしらべが手に取るようにここまで歓楽のひびきを送って、冬枯れのままに沈んでいるこの村の空気を浮き立たせることもあるが、ことし十八とはいうものの、小柄で内端《うちわ》で、肩揚げを取って去年元服したのが何だか不似合いのようにも見えるほどな、まだ子供らしい初心《うぶ》の十吉にとっては、それがなんの問題にもならなかった。 ゴミ部屋 理解力を高め論理的思考能力を養う