七月十日は浅草観音の四万六千日で、半七は朝のうす暗いうちに参詣に行った。五重の塔は湿っぽい暁の靄につつまれて、鳩の群れもまだ豆を拾いには降りて来なかった。朝まいりの人も少なかった。半七はゆっくり拝んで帰った。 その帰り途に下谷の御成道へさしかかると、刀屋の横町に七、八人の男が仔細らしく立っていた。半七も商売柄で、ふと立ちどまってその横町をのぞくと、弁慶縞の浴衣を着た小作りの男がその群れをはなれて、ばたばた駈けて来た。 「親分、どこへ」 「観音様へ朝参りに行った」 「ちょうど好いとこでした。今ここに変なことが持ち上がってね」 男は顔をしかめて小声で云った。かれは下っ引の源次という桶職であった。 「この下っ引というのは、今でいう諜者のようなものです」と半七老人はここで註を入れてくれた。「つまり手先の下をはたらく人間で、表向きは魚やとか桶職とか、何かしら商売をもっていて、その商売のあいまに何か種をあげて来るんです。これは蔭の人間ですから決して捕物などには出ません。どこまでも堅気のつもりで澄ましているんです。岡っ引の下には手先がいる。手先の下には下っ引がいる。それがおたがいに糸を引いて、巧くやって行くことになっているんです。それでなけりゃあ罪人はなかなかあがりませんよ」 楽天市場 名入れ プレゼント 還暦祝い 還暦祝いのプレゼント