泣いていいか、笑っていいか、今のお菊には見当が付かなくなった。それでも彼女の眼からは涙の雫が訳もなしに流れて落ちた。彼女は柳の青い枝に縋りながら、井筒の上で心ゆくばかり泣いていたかった。 「菊。何を致しておる。頭の物でも落したか」 不意に声をかけられて見返ると、主人の播磨は笑いながら縁先に突っ立っていた。 「お帰りでございましたか。一向に存じませんで……」と、お菊は袂で眼を拭きながら慌てて会釈した。 播磨は無言で招いた。招かれてお菊は縁先に戻ったが、その泣顔を覗かれるのを恐れるように彼女は白い襟もとを見せて、足もとに散る花を伏目に眺めていた。 「菊。泣いていたな。何を泣く。朋輩と喧嘩でも致したか。十太夫に叱られたか」 お菊は恥らうように黙っていた。 「隠すな。仔細をいえ。但しは井筒へ身でも投ぐる積りか」と、播磨は又笑った。 どこで飲んで来たのか、若い侍の艶《つや》やかな白い頬《ほお》はほんのりと染められていた。 自動車保険比較 クレジットカードでSEO対策を展開